「個人観光ガイド」 一覧

天界寺跡(テンカイジアト)

琉球王国時代の臨済宗の寺院跡。  天界寺は、第一尚氏第六代国王尚泰久が、景泰年間(1450~56年)に創建したとされる。山号は妙高山、開山は渓隠安せん禅師。 創建当初の伽藍は、寝室・方丈・東房・西房な …

綾門大道周辺の旧跡(アイジョーウフミチシュウヘンノキュウセキ)

琉球王国時代、海の玄関口那覇港から泊の崇元寺を経て首里城に至る道は、王国随一の公道であった。  ことに「下の綾門」と呼ばれた中山門と、「上の綾門」と呼ばれた守礼門の間を中心とした幅広い道を綾門大道とい …

御客屋跡(ウチャクヤアト)

薩摩藩の在番奉行などが首里城に登城する際の控所  創建年代は不詳。敷地は451坪余あったという。在番奉行一行等は、ここで城からの案内を待って登城した。 1879年の廃藩置県後は首里警察署が置かれた。1 …

大美御殿跡(ウフミウドゥンアト)

もとは尚清王が世子時代の別邸。  1547年に増築し、首里城内の女性の休養・産所、また冠婚葬祭などの礼式を行う場所となった。 1853年5月に来琉したアメリカのペリー提督一行が6月に首里城を訪問した際 …

旧中城御殿跡(キュウナカグスクウドゥンアト)

琉球国王世子の旧殿宅跡。  尚豊王代(1621~40年)に創建され、二百数十年、世子殿の役割を担った。1875年に世子殿が龍潭の北側(現県立博物館敷地)に移転すると、跡地は「下の薬園」となった。187 …

真壁殿内跡(マカンドゥンチアト)

琉球王国時代の高級女神官の一人「真壁大阿母志良礼」の神殿及び住居跡。  尚真王代(1477~1526年)に、神女組織が整備され、最高女神官「聞得大君加那志」の下に真壁・首里・儀保の「大阿母志良礼」と呼 …

中山門跡(チュウザンモンアト)

中山門は、王都首里の第一の坊門で、綾門大道の西端に建っていた。  別名「下の綾門」、「下の鳥居」。 1428年創建とされ、当初は建国門と呼ばれていた。中国の牌楼式の門で、1681年に板葺から瓦葺に改め …

万歳嶺跡(バンザイレイアト)

万歳嶺(俗称「上ナチジナームイ」)は、首里台地の西端に位置する丘のこと。  かつては松が生い茂り、頂上から美しい眺望が開けていたため、「万歳嶺夕照」と詠うたわれた首里八景の一つであった。 時の国王尚真 …

国王頌徳碑(かたのはなの碑)

「国王頌徳碑」は、琉球王国時代の1543年(嘉靖22)に建立された石碑である。  碑文の内容は、首里城から、古来より崇拝された弁ヶ嶽(後に久高島・斎場御嶽の遙拝所として整備され、那覇市内最高の標高16 …

重修天女橋碑記(ジュウシュウテンニョバシヒキ)

「重修天女橋碑記」は、円鑑池の中島にある弁財天堂に架けられた天女橋を1744年(乾隆9)に改修した記念に建立された石碑が、後に倒壊したため、1798年(嘉慶3)に新たに建てられたものである。  このた …

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