「 那覇市首里当蔵町 」 一覧

松崎馬場跡(マツザキババアト)

首里城から浦添方面に至る街道の一部及び広場の名称。  龍潭に突き出した一帯は松が植えられ、そこから松崎と名付けられた。1801年この地(現沖縄県立芸術大学敷地)に「国学」(琉球王国の最高学府)が置かれ …

天王寺跡(テンノウジアト)

琉球王国時代の臨済宗の寺院跡。  第二尚氏王統の始祖尚円が成化年間(1465~1487)に創建したといわれ、尚円が王位に就く前の邸宅で、第三代国王尚真の生誕地とされる。後に国王は円覚寺、王妃は天王寺、 …

蓮小堀・蓮華院跡(リングムイ・レンゲインアト)

蓮小堀は、首里城の北東に位置する人工の池。 尚巴志王代(1422 ~ 1439年)首里城整備のために土を掘り出した跡が池になったといわれ、蓮に覆われていたことから名付けられた。池の広さは約2,000坪 …

貝摺奉行所跡(カイズリブギョウショアト)

王家御用、献上・贈答用などの漆器製作にかかる事務及び職人を指導・監督する首里王府の役所跡。  相国寺跡(所在地不明)から1745年にこの地に移設された。 琉球王国では、15~16世紀に馬・硫黄のほか献 …

首里市庁跡(シュリシチョウアト)

旧首里市の行政を担った役所跡。  琉球王国時代、王都として栄えた首里は、真和志平等、南風平等、西平等の「首里三平等」と呼ばれる3つの行政区域の総称で、それぞれの平等に役所が置かれていた。 1879年( …

高所跡(タカジョアト)

琉球国内の新開田畑の石高や貢船の貨物などに関する事務を扱う首里王府の役所跡。  1669年創設。 高所は、「算用座」(王府の役所、1732年「勘定座」に改称)の事務の一部を引き継ぎ、国内の田畑から上が …

重修天女橋碑記(ジュウシュウテンニョバシヒキ)

「重修天女橋碑記」は、円鑑池の中島にある弁財天堂に架けられた天女橋を1744年(乾隆9)に改修した記念に建立された石碑が、後に倒壊したため、1798年(嘉慶3)に新たに建てられたものである。  このた …

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