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首里市庁跡(シュリシチョウアト)

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旧首里市の行政を担った役所跡。

 琉球王国時代、王都として栄えた首里は、真和志平等、南風平等、西平等の「首里三平等」と呼ばれる3つの行政区域の総称で、それぞれの平等に役所が置かれていた。
 1879年(明治12)の沖縄県設置(琉球処分)により、王家の別邸であった大美御殿(現首里高校敷地一部)に首里の仮役所が置かれ、三平等の役所は廃止された。1886年(明治19)頃、首里役所は、円覚寺の隣接地(現在地)に移転した。
 1896年(明治29)、首里と那覇に区制がしかれ、1921年(大正10)5月20日、那覇区とともに、沖縄県で初めて市制が施行された。
 この間、県庁所在地として政治・経済的に発展した那覇に対し、王国解体後、人口流出が続いた首里では、区域拡張が図られ、隣接する西原間切(現西原町)から平良・石嶺・末吉村などを編入した。その後も、首里城など王国時代の建造物の国宝指定や、郷土博物館・市立図書館の設置など、首里市は、文教都市としての発展を図り、昭和10年代には、役所名も首里市庁と改めた。しかし、沖縄戦において、首里城地下に日本軍の司令部壕が置かれたため、壊滅的な被害を被った。
 沖縄戦後の首里市の復興は、1945年(昭和20)12月14日の首里建設先発隊の派遣に始まり、翌年市役所も再開された(現首里中学校隣接地)。1950年(昭和25)2月、市役所は中城御殿跡地南西隅に移転、1954年(昭和29)9月には、那覇市との合併により那覇市に編入され、市役所は、那覇市役所首里支所となった。1966年(昭和41)に首里支所は首里当蔵町(現首里公民館隣接地)へ移転し、2010年(平成22)12月、首里久場川町へ移転した。
 戦前の首里市庁跡地は、1950年に開学した琉球大学の体育館敷地となり、琉球大学移転後、1986年(昭和61)に開学した沖縄県立芸術大学付属図書館の敷地となった。
 なお、那覇市との合併後、首里の名を残そうと、元の首里市域の町は、首里を冠した住所表示となった。

以上、現地の説明版より

所在地:那覇市首里当蔵町2-2地内

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