「 旧那覇 」 一覧

米国民政府跡(ベイコクミンセイフアト)

沖縄統治のための米国政府の出先機関であった「米国民政府」の庁舎跡。  正式名称は、琉球列島米国民政府(United States Civil Administration Of The Ryukyu …

那覇港および周辺の旧跡

那覇の港は、14 ~ 15世紀以来、琉球王国の表玄関として繁栄してきた古い歴史をもっている。  大交易時代には、中国をはじめ東南アジア・朝鮮・日本と貿易を展開し、東アジアの一大交易港となっていた。その …

ガジャンビラ

那覇垣花から小禄安次嶺にいたる坂道の名称。  付近―帯を指す地名にもなっている。 琉球王国時代、中国からの使節「冊封使」は、この地を指して「儀間山」・「筆架山」と記しているが、1877年刊行の『沖縄志 …

落平(ウティンダ)

この地にあった樋川跡。  樋川とは、丘陵の岩間から流れ落ちる湧水を、樋を設けて取水する井泉のこと。 落平は、那覇港湾内の奥武山に向かい合う垣花村にあり、崖の中腹からの湧水は、小滝のように崖下の漫湖の水 …

天使館跡(テンシカンアト)

琉球王国時代、中国が派遣した冊封使(天使)のための施設・宿舎。  一般に館屋(クヮンヤ)と称した。創建年代は不明だが、その存在は16世紀前半には確認される。冊封使の渡来は、三山時代から1866年まで都 …

雪の崎跡(ユーチヌサチアト)

那覇市の北西部にあった岬の名称。  中国からの冊封使節の記録には「雪崎山」と見える(李鼎元「使琉球記」)。 「雪の崎」は、若狭町の中央北側に広がっていた「上の毛」と呼ばれる高さ20m程の岩礁台地の突端 …

知事官舎跡(チジカンシャアト)

大正から戦前期まで、この地にあった沖縄県の知事官舎跡。  1879年(明治12)3月、明治政府は琉球王国(当時琉球藩)を廃し、沖縄県を設置した(琉球処分)。県庁は、西村(現那覇市西)にあった旧薩摩藩在 …

内兼久山跡(ウチガネクヤマアト)

この地にあった小丘跡。  寄上森ともいう。 内兼久山は、松尾山(現松山公園一帯)から南西に続く丘陵の一部で、久米村の風水に係る丘であった。名称の由来は、砂地を表す「カニク」に通じ、「内浜の山」といわれ …

円山号跡(マルヤマゴウアト)

沖縄一のメインストリート「大門前通り」に面して建てられた百貨店跡。  店主は兵庫県出身の尾花仲次氏。尾花氏は1879年(明治12)生まれ。1912年(大正元)8月に来沖し、露天商人から始め、後に化粧品 …

安里橋跡(アサトバシアト)

安里川に架けられた橋跡。  崇元寺が近くにあるため、崇元寺橋ともいう。当初の架橋年は不明だが、安里の対岸に浮かぶ「浮島」だった那覇と安里(崇元寺前)を結ぶ「長虹堤」の起点となっていることから、1451 …

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