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「守礼門(首里城公園)」までは片道約4.9キロです。

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守礼門(首里城公園):しゅれいもん・しゅりじょうこうえん
※しゅれいのもんではなく、「しゅれいもん」なのでお間違えなく。

あおいトラベルからは、片道約4.9キロです。

守礼門は何のために建てられたか?
 琉球の国門は、首里城の正門にあたる歓会門である。
 中国の使者が書いた「冊封使録」の訳者・原田禹雄氏によると、門は「都城の城郭にうがたれた空間に扉をつけ、開閉できるものをいう」ので、琉球王国の象徴「守礼門」は正式な門ではないことになる。中国ではこのような建造物を牌坊(はいぼう)とよび、門とは区別している。牌坊とは、「その土地の節義・忠義・賢寿などをあらわすための額をかかげる目的の建築物」だという。では、何のためにこのような門(牌坊)が首里城外に建てられたのだろうか。
 冊封のとき、世子(次の国王)は諸役人をしたがえて、国門の外で詔勅(国王の認定証)をたずさえた冊封使を出迎えることになっていた。その出迎えの地に建てられたのが「守礼門」である。1428年に尚巴志によって「中山門」(現存しない)が先に創建され、尚清(在位1527~1555)の冊封のときに新たに「守礼門」が造営された。見送りも、この二つの坊のどちらかで行われていたと思われる。
 「守礼門」には、はじめ「待賢」の額が揚げられ、ついで「首里」の額が揚げられた。尚永(在位1573~1588)のときに「守礼乃邦」の扁額がつくられて、冊封使が滞在しているあいだ揚げられた。尚質(在位1648~1668)のときに常揚されるようになり、名称も「守礼門」となった。
以上、うちなー観光教本を参考

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